住宅に求められる居住性及び事業者の基本的責務
住宅は、単に倒壊せず、構造上の安全性が確保されていれば足りるものではない。居住者が日々安心して生活し、団らん、休息、睡眠その他の日常生活を快適に営むことのできる空間であることが、本来求められる基本的な性能である。
特にリビングは、家族が集まり、団らんや休息のために長時間使用する住宅の中心的な場所である。その床面に、今回の調査で確認されたような最大10.63/1,000、これに次ぐ9.42/1,000の平均傾斜勾配が存在することは、住宅の居住性及び快適性を評価するうえで、決して軽視できるものではない。
住宅紛争処理の参考となる技術的基準において示される6/1,000という数値は、構造耐力上主要な部分に瑕疵が存在する可能性を判断するための技術的な目安であり、6/1,000未満であれば快適な住宅である、あるいは6/1,000を超えていても構造上直ちに危険でなければ問題がない、という意味の基準ではない。
また、建物の傾斜によって医学的な健康障害が生じるか否かという問題と、住宅として通常求められる居住性及び快適性を備えているかという問題も、明確に区別して考える必要がある。健康障害の発生が医学的に立証されていないことをもって、床の傾斜による違和感や生活上の支障、居住性の低下まで否定できるものではない。
本件建物は、販売前に大規模なリフォーム工事が実施され、新たな居住者に住宅として販売されたものである。住宅の改修及び販売に携わる事業者には、単に外観や内装を新しくするだけではなく、居住者が安全かつ快適に生活できる状態を確認し、その状態を適切に説明したうえで住宅を提供することが求められる。
建物に相当程度の傾斜があることを認識しながら、その原因及び程度を十分に調査せず、根本的な是正を行わないのであれば、少なくとも、傾斜の位置、方向、数値、実施した補修の内容及び補修後も傾斜が残存している事実を、購入者がその影響を具体的に理解できるよう説明することが必要である。
本件において問題とすべきなのは、単に「6/1,000を超えているか」「構造耐力上の瑕疵が直ちに推定されるか」という数値上の議論だけではない。住宅の中心であるリビングに最大10/1,000程度の傾斜が存在する状態が、日常生活を営む住宅として通常期待される居住性及び快適性を備えているといえるか、また、その状態が購入者に具体的かつ十分に説明されていたかという点である。
以上から、本件リビングに確認された床面の傾斜は、構造安全性の問題とは別に、住宅としての居住性及び快適性に関わる重要な不具合として評価すべきであり、その原因の確認及び適切な是正方法について検討する必要があると判断する。
現に、本件建物を購入した居住者は、当該リビングに滞在すると気分が悪くなる旨を訴えている。この症状が床の傾斜によって生じたものであるかについては、最終的には医学的な評価を要するため、建築士の立場から医学的因果関係を断定するものではない。
しかし、居住者は、傾斜した既存床の上で身体を水平に保つため、合板に脚部を設けた水平な仮設床を自ら製作し、その上で過ごさざるを得ない状況にある。これは、居住者が単に床の傾斜を視覚的又は感覚的に認識しているというだけではなく、通常の床面をそのまま使用することに支障を感じ、日常生活を維持するために具体的な対策を講じていることを示している。
このような実際の使用状況を考慮すれば、本件の問題を、傾斜勾配が6/1,000を超えているか、構造耐力上主要な部分に瑕疵が存在する可能性があるか、あるいは直ちに構造上の危険が生じているかという数値上及び構造上の議論だけに限定することは適切ではない。
契約不適合又は法的な意味での瑕疵に該当するか否かは、最終的には法的判断に委ねられる事項である。一方、建築技術上は、その空間を使用する居住者が、通常の生活を安全かつ快適に営むことができる状態にあるかという観点から評価する必要がある。
特にリビングは、家族が集まり、団らん、休息その他の日常生活のために長時間使用する住宅の中心的な空間である。その場所に滞在すると居住者が気分の悪さを訴え、さらに、自ら水平な仮設床を製作しなければ過ごしにくい状態にあるという事実は、本件床面の傾斜が居住性及び快適性に具体的な影響を及ぼしていることを示す重要な事情である。
したがって、本件で検討すべき本質的な問題は、一定の数値を形式的に超えているか否かだけではなく、現に居住者がその空間でどのように生活し、どのような支障を受けているかという点にある。本件リビングの床面は、住宅の中心的な生活空間として通常期待される居住性及び快適性を備えているとは評価し難く、その原因の確認と適切な是正方法について検討する必要がある。
建築士としての基本的見解1
私は建築士として、日頃から、住まいによって人がいかに幸せに暮らすことができるかを考え、その考えを「幸せな住まいづくり」という形で、ブログ等を通じて継続的に発信している。
住まいは、雨露をしのぎ、構造上倒壊しなければそれでよいというものではない。人が安心して休息し、家族と団らんし、心身ともに穏やかに暮らすための生活の基盤である。安全性を確保することは当然として、そのうえで、居住者が快適に過ごし、住まうことに喜びや幸せを感じられる住宅を提供することが、住宅の設計、施工、改修及び販売に携わる者の基本的な使命であると考える。
本件についても、単に傾斜勾配が一定の数値を超えているか、構造耐力上の瑕疵が存在する可能性があるかという形式的な基準だけで判断すべきではない。現に居住者は、リビングに滞在すると気分が悪くなると訴え、傾斜した床の上で身体を水平に保つため、自ら水平な仮設床を製作して生活している。このような状態は、住宅の中心的な生活空間であるリビングが、本来果たすべき団らん、寛ぎ及び休息の場として、十分に機能しているとはいい難い。
住宅の品質を評価するに当たっては、数値や構造安全性だけではなく、その空間で人が実際にどのように生活し、安心して快適に過ごすことができるかという視点が欠かせない。住まいによって人を幸せにすることこそが、住宅を供給する者の根本的な使命である。本件リビングの現状は、その使命に照らして看過することのできない状態であり、原因の究明と適切な是正について、誠実に検討されるべきである。
建築士としての基本的見解2
私は建築士として、日頃から、住まいによって人がいかに幸せに暮らすことができるかを考え、その考えを「幸せな住まいづくり」という形で、ブログ等を通じて継続的に発信している。
住まいにおいて、まず必要となるのは、居住者が安全に、安心して暮らせることである。構造上の安全性が確保され、必要な耐震性を備え、防犯上も適切な配慮がなされていることは、住宅として最低限満たすべき基本的な条件である。
しかし、住宅は、構造上倒壊するおそれがなく、法令上の最低限の安全性を備えていれば、それだけで十分というものではない。安全性及び安心感を基礎として、その上に、居住者が心身ともに穏やかに、快適に暮らすことのできる生活環境が備わっていることが重要である。
人は、住まいの中で休息し、食事をし、家族と団らんし、明日への活力を養う。安全で安心でき、さらに快適に暮らすことのできる住まいがあってこそ、人は日々の生活に安らぎや喜びを感じ、幸せに暮らすことができる。すなわち、住まいとは、単に人の生命や財産を守るだけの器ではなく、人の暮らしを支え、人を幸せにするためのものである。
したがって、安全で安心できることを前提として、居住者が快適に過ごし、住まうことに喜びや幸せを感じられる住宅を提供することが、住宅の設計、施工、改修及び販売に携わる者の基本的な使命であると考える。
本件についても、単に傾斜勾配が一定の数値を超えているか、構造耐力上の瑕疵が存在する可能性があるか、あるいは建物が直ちに危険な状態にあるかという形式的な基準だけで判断すべきではない。仮に、直ちに構造上の危険が生じる状態ではないとしても、それだけをもって、住宅として求められる居住性及び快適性が確保されているとはいえない。
現に居住者は、リビングに滞在すると気分が悪くなると訴え、傾斜した床の上で身体を水平に保つため、自ら水平な仮設床を製作して生活している。このような状態は、住宅の中心的な生活空間であるリビングが、本来果たすべき団らん、寛ぎ及び休息の場として、十分に機能しているとはいい難い。
住宅の品質を評価するに当たっては、構造安全性や数値上の基準だけではなく、その空間で人が実際にどのように生活し、安心して快適に過ごすことができるかという視点が欠かせない。
住まいは、人を幸せにするためのものである。本件リビングの現状は、その住宅としての本質的な役割と、住宅を供給する者の使命に照らして看過することのできない状態であり、その原因の究明と適切な是正について、誠実に検討されるべきである。
大規模リフォームにおける傾斜への対応及び購入者への説明
本件建物については、販売前に相当規模のリフォーム工事が実施されている。相手方の説明によれば、工事前から建物に傾斜があることを認識し、床についても可能な範囲で不陸調整を行ったとされている。
しかし、今回の詳細測定では、リビングの床面に最大31mmの高低差があり、代表的な測定区間において、10.63/1,000及び9.42/1,000の平均傾斜勾配が確認された。すなわち、大規模なリフォーム工事を経た後も、住宅の中心的な生活空間であるリビングに相当程度の傾斜が残存している。
床は、居住者が立ち、歩き、座り、日常生活を営むための基盤であり、その水平性は住宅の居住性及び快適性に直接関わる重要な要素である。内装、設備その他の部分に多額の費用を投じて大規模な改修を行いながら、なぜ生活の基盤となる床の傾斜を根本的に是正しなかったのかについては、十分な検討と説明が必要である。
もっとも、床の傾斜が地盤、基礎又は建物全体の変形に起因する場合には、床下地の調整だけでは根本的な是正ができず、建物の水平復元や地盤補強等の大規模な工事が必要になることがある。構造上又は予算上の理由により、販売前に傾斜を完全に是正することが困難であった可能性も考えられる。
しかし、仮に根本的な是正が困難であったのであれば、そのことをもって説明が不要になるものではない。むしろ、是正できなかった理由と、傾斜が残存している範囲及び程度について、購入希望者が具体的に理解できるよう説明する必要性は、より高かったものと考える。
重要事項説明書等に「傾斜がある」との記載があったとしても、それだけでは、購入者が本件建物の実際の状態と、その状態が生活に及ぼす影響を具体的に理解することは困難である。少なくとも、次のような事項は、住宅の購入を判断するうえで重要な技術的情報である。
① 傾斜が確認された場所及び範囲
② 測定された高低差及び傾斜勾配
③ 傾斜が生じた原因として考えられる事項
④ 販売前のリフォームで実施した不陸調整の内容及びその範囲
⑤ リフォーム後も傾斜が残存していること
⑥ 根本的な是正を行わなかった、又は行うことができなかった理由
⑦ 今後想定される居住上の支障及び必要となり得る調査・補修
特に、初めて住宅を購入する一般の購入者が、限られた内覧時間の中で床の傾斜を正確に把握し、その原因、程度、生活への影響及び将来の補修リスクまで自ら判断することは、極めて困難である。内覧時に建物内を歩いたという事実だけで、購入者が傾斜の実態とその影響を十分に理解したものとみなすことはできない。
購入者が適切な判断をするためには、単に「傾斜がある」と抽象的に伝えるだけではなく、その程度、範囲、実施した補修、補修後も残る問題及び将来想定されるリスクを、具体的な数値や図面等を用いて説明することが重要である。
契約上、どの範囲まで説明義務を負うかについては、最終的には法的判断に委ねられる。しかし、建築技術上の観点からは、本件の床面傾斜は住宅の居住性及び購入判断に直接関わる重要な情報であり、その実態が購入者に具体的かつ十分に伝えられるべき事項であったと考える。
建築士としての意見
1.今回の詳細調査によって確認された事実
令和8年9月29日、本件建物の1階リビング、キッチン及び玄関ホールについて、レーザーレベルを使用し、約500mm間隔の格子状に設けた合計106か所の測点において、床面の高さを詳細に測定した。
その結果、洗面所入口前付近の測点No.46が最も高く、同測点を基準値±0mmとした場合、リビング北西側の測点No.1及びNo.2では-31mm、南西側の測点No.8では-30mmの高低差が確認された。
代表的な測定区間における平均傾斜勾配は、次のとおりである。
① 測点No.46から測点No.1まで
高低差31mm、実測距離2,915mm
平均傾斜勾配 北西方向へ10.63/1,000
② 測点No.46から測点No.8まで
高低差30mm、実測距離3,183mm
平均傾斜勾配 南西方向へ9.42/1,000
床面には部分的な凹凸も認められるものの、全体として、洗面所入口前付近からリビング西側に向かって床面が低くなる傾向が、複数の測点において連続的に確認された。
「丙005 建物の傾きによる健康被害」によると、「1/100程度 めまいや頭痛が生じて水平復元工事を行わざるを得ない。」というレベルである。したがって、この傾斜勾配は、水平復元工事を行うべきものである。
したがって、本件リビングの床面に相当程度の傾斜が存在することは、感覚的又は主観的な問題ではなく、詳細な測定によって確認された客観的な事実である。
2.数値上の基準と住宅の居住性は同じものではない
住宅紛争処理の参考となる技術的基準に示される6/1,000という数値は、構造耐力上主要な部分に瑕疵が存在する可能性を検討するための技術的な目安である。
しかし、この数値は、6/1,000未満であれば快適な住宅である、あるいは6/1,000を超えていても直ちに構造上の危険がなければ問題がない、という意味の基準ではない。
また、床の傾斜によって医学的な健康障害が生じるか否かという問題と、住宅として通常求められる居住性及び快適性が確保されているかという問題も、分けて考える必要がある。
健康障害との医学的な因果関係が立証されていないことをもって、床の傾斜による違和感、生活上の支障又は居住性の低下まで否定できるものではない。
数値や基準は、住宅の状態を評価するための手段であって、それ自体が目的ではない。住宅は数値のために存在するのではなく、人が生活するために存在するものである。したがって、その空間で人が実際に安心して快適に過ごすことができるかという視点を欠いて、住宅の状態を適切に評価することはできない。
3.居住者に現実に生じている生活上の支障
現に、本件建物を購入した居住者は、当該リビングに滞在すると気分が悪くなる旨を訴えている。
この症状が床の傾斜によって生じたものであるかについては、最終的には医学的な評価を要するため、建築士の立場から医学的因果関係を断定するものではない。
しかし、居住者は、傾斜した既存床の上で身体を水平に保つため、合板に脚部を設けた水平な仮設床を自ら製作し、その上で過ごしている。
これは、居住者が単に床の傾斜を認識しているというだけではない。通常の床面をそのまま使用することに支障を感じ、日常生活を維持するため、自ら具体的な対策を講じなければならない状況にあることを示している。
リビングは、家族が集まり、団らんし、寛ぎ、休息する住宅の中心的な生活空間である。そのリビングに滞在すると居住者が気分の悪さを訴え、身体を水平に保つための仮設床を自ら製作しなければ過ごしにくいという現実は、本件床面の傾斜が居住性及び快適性に具体的な影響を及ぼしていることを示す重要な事情である。
4.大規模リフォームにおける床の傾斜への対応
本件建物については、販売前に相当規模のリフォーム工事が実施されている。
相手方の準備書面によれば、工事前から建物に傾斜があることを認識し、床についても可能な範囲で不陸調整を行ったとされている。
しかし、今回の詳細測定では、大規模なリフォーム工事を経た後のリビングに、最大31mmの高低差と、10.63/1,000及び9.42/1,000の平均傾斜勾配が確認された。
床は、居住者が立ち、歩き、座り、日常生活を営むための基盤であり、その水平性は住宅の居住性及び快適性に直接関わる重要な要素である。内装、設備その他の部分に相当の費用を投じて大規模な改修を行いながら、なぜ生活の基盤となる床の傾斜を根本的に是正しなかったのかについては、十分な検討と説明が必要である。
床の傾斜が地盤、基礎又は建物全体の変形に起因する場合には、床下地の調整だけでは根本的な是正にはならない。床の表面を部分的に調整しても、地盤、基礎又は建物全体の傾斜そのものが改善されたことにはならないからである。
根本的な是正には、建物の水平復元、基礎の補強又は地盤補強等の大規模な工事が必要となる場合があり、構造上又は予算上の理由によって、販売前の是正が困難であった可能性も考えられる。
しかし、仮に根本的な是正が困難であったのであれば、そのことをもって説明が不要になるものではない。むしろ、なぜ是正できなかったのか、どの範囲にどの程度の傾斜が残っているのか、居住上どのような影響が考えられるのかについて、購入希望者が具体的に理解できるよう説明する必要性は、より高かったものと考える。
5.購入者に対して必要であったと考えられる説明
重要事項説明書等に「傾斜がある」との記載があったとしても、その一文だけでは、購入者が本件建物の実際の状態と生活への影響を具体的に理解することは困難である。
少なくとも、次の事項は、住宅の購入を判断するうえで重要な技術的情報である。
① 傾斜が確認された場所及び範囲
② 測定された高低差及び傾斜勾配
③ 傾斜の原因として考えられる事項
④ 販売前に実施した不陸調整の内容及び範囲
⑤ リフォーム後も傾斜が残存していること
⑥ 根本的な是正を行わなかった、又は行うことができなかった理由
⑦ 今後想定される居住上の支障
⑧ 今後必要となり得る調査及び補修と、それに伴う負担
特に、初めて住宅を購入する一般の購入者が、限られた内覧時間の中で床の傾斜を正確に把握し、その原因、程度、生活への影響及び将来の補修リスクまで自ら見極めることは、極めて困難である。
内覧時に建物内を歩いたという事実だけをもって、購入者が傾斜の実態とその影響を十分に理解したものと評価することはできない。
契約上、どの範囲まで説明義務を負うかについては、最終的には法的判断に委ねられる。しかし、建築技術上の観点からは、本件の床面傾斜は住宅の居住性及び購入判断に直接関わる重要な情報であり、その実態が具体的な数値、範囲及び想定される影響とともに、購入者へ明確に伝えられるべき事項であったと考える。
6.建築士としての基本的見解
住まいにおいて、まず必要となるのは、居住者が安全に、安心して暮らせることである。構造上の安全性が確保され、必要な耐震性を備え、防犯上も適切な配慮がなされていることは、住宅として満たすべき基本的な条件である。
しかし、住宅は、構造上倒壊するおそれがなく、法令上の最低限の安全性を備えていれば、それだけで十分というものではない。
安全性及び安心感を基礎として、その上に、居住者が心身ともに穏やかに、快適に暮らすことのできる生活環境が備わっていることが重要である。
人は、住まいの中で休息し、食事をし、家族と団らんし、明日への活力を養う。安全で安心でき、さらに快適に暮らすことのできる住まいがあってこそ、人は日々の生活に安らぎや喜びを感じ、幸せに暮らすことができる。
住まいとは、単に人の生命や財産を守るだけの器ではない。人の暮らしを支え、人を幸せにするためのものである。
したがって、安全で安心できることを前提として、居住者が快適に過ごし、住まうことに喜びや幸せを感じられる住宅を提供することが、住宅の設計、施工、改修及び販売に携わる者の基本的な使命であると考える。
7.結論
本件について検討すべき本質的な問題は、傾斜勾配が6/1,000を超えているか、構造耐力上主要な部分に瑕疵が存在する可能性があるか、あるいは建物が直ちに危険な状態にあるかという点だけではない。
仮に、直ちに構造上の危険が生じる状態ではないとしても、それだけをもって、住宅として求められる居住性及び快適性が確保されているとはいえない。
本件リビングには、詳細な測定によって、最大31mmの高低差と、最大10/1,000程度の平均傾斜勾配が確認されている。さらに、居住者はリビングに滞在すると気分が悪くなる旨を訴え、自ら水平な仮設床を製作して生活している。
これらの客観的な測定結果と実際の生活状況を総合すれば、本件リビングは、住宅の中心的な生活空間として通常期待される居住性及び快適性を備えているとは評価し難い。
住宅の価値は、基準値を形式的に満たしているか否かだけで決まるものではない。その空間で、人が安全に、安心して、快適に暮らすことができるかによって評価されるべきものである。
本件リビングの現状は、住宅として本来果たすべき役割と、住宅を供給する者の使命に照らして、看過することのできない状態である。
よって、本件床面の傾斜は、構造安全性の問題とは別に、住宅の居住性及び快適性に関わる重要な不具合として評価すべきであり、その原因を明らかにしたうえで、適切な是正方法を検討する必要があると判断する。
構造安全性の確認及び必要な是正工事について
本件で確認された床面の傾斜は、それ自体が直ちに耐震性能の不足を意味するものではない。しかし、6/1,000以上の傾斜は、構造耐力上主要な部分に瑕疵が存在する可能性が高いとされる不具合事象である以上、その原因及び構造安全性への影響を確認せず、単に床表面の不陸として扱うことは適切ではない。
本件建物は平成7年12月竣工の木造軸組工法による住宅であり、平成12年の木造建築物に関する仕様規定の明確化以前に建築されたものである。このことのみをもって耐震性が不足しているとはいえないが、建物に相当程度の傾斜が確認されていることを考慮すれば、地盤、基礎、土台、柱、梁、床組、耐力壁及び接合部等の状況を調査するとともに、耐震診断を実施し、現在の構造安全性を確認することが望ましい。
調査及び診断に当たっては、まず、床面の傾斜が、地盤の不同沈下、基礎の変形、建物軸組の変形、床組のたわみ若しくは変形、又はこれらが複合したことによるものかを確認する必要がある。そのうえで、壁量及び耐力壁の配置、柱・梁・土台等の劣化、接合部の状況、基礎の健全性その他の耐震性能に関わる事項を総合的に検討すべきである。
なお、建物の傾斜を是正する水平復元工事と、地震に対する安全性を向上させる耐震補強工事とは、目的及び工事内容が異なる。床面を水平に調整するだけでは、地盤、基礎又は建物軸組に存在する原因が解消されるとは限らない。一方、耐力壁や接合部を補強しても、床面の傾斜が是正されるとは限らない。
したがって、現段階で特定の補強工事が必要であると断定するのではなく、傾斜原因の調査及び耐震診断を先行して実施し、その結果に基づき、必要に応じて、地盤補強、基礎補修、建物の水平復元、床組の修正、耐力壁及び接合部の補強その他の是正工事を総合的に計画することが適切である。
本件で検討すべき重要な問題は、6/1,000という数値を形式的に超えているか否かだけではない。本件リビングについて、傾斜の原因が明らかにされているか、構造上及び耐震上の安全性が確認されているか、原因に対応した是正方法が検討されているか、そして住宅の中心的な生活空間として通常求められる居住性及び快適性を備えているかという点である。
本件の実測結果及び居住者の現実の生活状況を考慮すれば、本件リビングが住宅として通常期待される居住性及び快適性を備えているとは評価し難い。また、構造安全性についても、現時点で十分に確認されているとはいえない。したがって、傾斜原因に関する調査及び耐震診断を実施したうえで、その結果に応じた適切な是正工事の内容を検討する必要がある。
安全性を確認・確保するために本来実施すべきであった調査及び改修
相手方の準備書面によれば、本件建物については、販売前から建物の傾斜を認識しており、そのうえで大規模なリフォーム工事を実施したとされている。
建物に傾斜が認められた場合に、住宅の安全性を確認・確保するため本来最初に行うべきことは、床の表面だけを水平に調整することではなく、傾斜の程度、範囲及び原因を明らかにすることである。
具体的には、まず、建物全体について床、柱及び基礎等の高さや傾斜を測定し、どの部分が、どの方向に、どの程度変形しているのかを把握する必要があった。
そのうえで、次の事項を調査・検討すべきであったと考える。
① 地盤に不同沈下又は支持力不足が生じていないか
② 基礎に沈下、傾斜、ひび割れその他の変形が生じていないか
③ 土台、柱、梁及び床組に変形、たわみ、接合部の緩み又は劣化が生じていないか
④ 床面の傾斜が、地盤、基礎、建物軸組又は床組のいずれに起因するものか
⑤ 現在も沈下又は変形が進行している可能性があるか
⑥ 建物の傾斜が構造安全性及び耐震性能にどのような影響を及ぼしているか
本件建物は平成7年12月竣工の木造軸組工法による住宅であり、平成12年に木造建築物の接合部等に関する仕様規定が明確化される以前に建築されたものである。したがって、この年代だけを理由として耐震性が不足していると判断することはできないものの、相当程度の傾斜が確認されていた以上、床、基礎、軸組等の調査と併せて耐震診断を行い、壁量、耐力壁の配置、接合部、基礎及び劣化状況等を確認することが望ましかった。
これらの調査及び診断によって傾斜の原因を明らかにしたうえで、その原因に対応する改修方法を検討すべきであった。
地盤の不同沈下が原因であれば、必要に応じて地盤補強又は建物の沈下修正を検討する必要がある。基礎の変形又は損傷が原因であれば、基礎の補修又は補強が必要となる。建物軸組に変形又は耐震上の不足が認められた場合には、柱、梁、土台、接合部及び耐力壁等の補修又は補強を検討する必要がある。床組自体の変形が原因であれば、その変形状況に応じて、根太、大引、床束その他の床組部材を適切に修正する必要がある。
このような原因への対応を行ったうえで、最終的に床面の水平を回復し、工事完了後に再度床、柱及び基礎等の測定を実施して、傾斜がどの程度改善されたか、構造上の問題が解消されたかを確認すべきであった。
なお、床面に合板等を敷いて表面上の不陸を調整する工事は、床仕上げ面を水平に近づける方法の一つではある。しかし、その工事だけでは、地盤、基礎又は建物軸組に傾斜の原因が存在する場合に、その原因まで解消したことにはならない。
また、水平復元工事と耐震補強工事は、その目的及び内容が異なる。床面を水平にしただけで耐震性能が確保されたことにはならず、耐力壁等を補強しただけで建物又は床面の傾斜が是正されるものでもない。両者の必要性をそれぞれ調査・診断し、その結果に基づいて改修計画を作成する必要がある。
仮に、技術上又は予算上の理由により、販売前に原因調査、水平復元又は必要な補強工事を実施することができなかったのであれば、その理由、傾斜の範囲及び数値、実施した不陸調整の内容、補修後も残存する問題並びに今後必要となり得る調査及び工事について、購入希望者に具体的に説明すべきであったと考える。
したがって、本件で問題となるのは、大規模なリフォーム工事を行ったか否かだけではない。傾斜を認識した時点で、その原因及び構造安全性への影響を適切に調査し、その結果に基づく改修計画を立て、必要な工事を実施し、工事後の状態を検証したかという点である。
これらの一連の調査、診断、改修及び確認を行って初めて、建物の安全性が確認・確保されたと評価することができる。現時点で確認できる資料からは、そのような一連の検討及び検証が十分に行われたことを確認することはできない。
リフォーム後に販売する既存住宅に求められる技術的検討
既存住宅にリフォーム工事を施して一般消費者に販売する場合、その目的は、単に内装や設備を新しく見せることではなく、既存建物の状態を適切に把握したうえで、安全性、耐久性、居住性及び快適性を総合的に向上させ、購入者が安心して生活できる住宅として提供することにあると考える。
建築士として技術的な観点から考えると、既存住宅の再生は、原則として次の順序で行うことが望ましい。
① 既存建物の現状調査
まず、建物の現状を調査しなければならない。基礎、土台、柱、梁、床組、屋根、外壁、雨漏り、腐朽、蟻害、ひび割れ、建物及び床の傾斜、設備配管並びに地盤等の状態を確認し、建物が抱えている不具合と劣化状況を把握する必要がある。
本件のように販売前から建物の傾斜が認識されていた場合には、詳細なレベル測定を行い、傾斜の位置、方向、範囲及び程度を数値によって把握するとともに、その原因が地盤、基礎、建物軸組又は床組のいずれにあるのかを調査することが必要である。
② 構造安全性及び耐震性能の確認
次に、建物の構造安全性及び耐震性能を確認する必要がある。
耐震診断によって、壁量及び耐力壁の配置、柱・梁・土台等の状態、接合部、基礎、建物の劣化状況等を確認し、地震時に必要な安全性を備えているかを評価する。
建物に傾斜がある場合には、傾斜そのものが耐震性能に与える影響に加え、その原因となっている地盤、基礎又は軸組の変形が、構造安全性にどのような影響を及ぼしているかについても検討する必要がある。
③ 調査及び診断結果に基づく改修計画
現状調査及び耐震診断の結果に基づき、建物全体の改修計画を作成する。
改修計画においては、工事の優先順位を明確にし、まず安全性に関わる事項、次に建物の耐久性及び劣化に関わる事項、そのうえで居住性、快適性、防犯性、設備及び仕上げに関する事項を検討することが望ましい。
具体的には、次のような内容が考えられる。
① 耐力壁、接合部、基礎等の耐震補強
② 地盤、基礎又は建物軸組に起因する傾斜の是正
③ 腐朽、蟻害、雨漏り、ひび割れ等の劣化部分の補修
④ 屋根、外壁、防水及び断熱性能等の改善
⑤ 玄関扉、窓、錠、防犯設備等による防犯性の向上
⑥ 床面の傾斜及び不陸の修正
⑦ 断熱性、気密性、換気、温熱環境等の改善
⑧ キッチン、浴室、洗面、トイレ、給排水管等の住宅設備の更新
⑨ 床、壁、天井等の仕上げ材の改修
この順序が重要である。地盤、基礎又は構造体に問題が残ったまま、住宅設備を新しくし、壁紙や床材を張り替えても、建物の安全性や根本的な不具合が改善されたことにはならない。
また、後に地盤補強、水平復元又は耐震補強を行うことになれば、先に施工した内装や設備を撤去しなければならない場合もあり、工事の重複や費用の増加を招く可能性がある。
④ 工事後の確認及び記録
改修工事の完了後には、計画した性能が確保されたかを確認する必要がある。
床や柱の傾斜については再測定を行い、耐震補強については設計どおり施工されたことを確認する。また、施工前の調査結果、改修計画、工事写真、使用材料、施工範囲及び完了確認の結果を記録として残すことが望ましい。
これにより、購入者は、どのような問題があり、それに対してどのような工事が行われたのかを具体的に確認することができる。
⑤ 予算上すべての改修ができない場合
既存住宅では、必要な改修工事をすべて行うと費用が高額になる場合がある。その場合、必ずしもすべての工事を実施しなければ販売できないというものではない。
考えられる方法としては、次の三つがある。
第一は、必要な調査及び性能向上工事を行い、安全性、耐久性及び快適性を備えた再生住宅として販売する方法である。
第二は、予算の範囲内で部分的な改修を行い、実施した工事と実施していない工事を明確に区別したうえで、残存する不具合、将来必要となる工事及び想定費用を購入者に説明して販売する方法である。
第三は、大規模なリフォームを行わず、修繕又は改修を必要とする現状有姿の住宅として、その状態を具体的に開示し、購入者自身が調査及び改修を行うことを前提として販売する方法である。
いずれの方法を選択する場合でも、既に認識している重大な不具合を明らかにせず、内装や設備のみを新しくすることによって、あたかも建物全体の安全性及び性能が改善された住宅であるかのような印象を購入者に与えることは適切ではない。
⑥ 本件建物についての意見
本件建物では、販売前に建物の傾斜が認識され、大規模なリフォーム工事が行われたとされている。
このような場合、本来は、傾斜の詳細な測定、原因調査及び耐震診断を行い、その結果を踏まえて、必要な水平復元、地盤・基礎の補修、耐震補強、劣化部分の改善等を含む総合的な改修計画を作成することが望ましかった。
仮に費用上又は技術上の理由から根本的な是正工事を実施できなかったのであれば、傾斜の位置、方向、数値、推定原因、実施した不陸調整の内容、補修後も残存する問題及び将来必要となる可能性のある工事について、購入者が具体的に理解できるよう説明すべきであったと考える。
既存住宅を再生して販売する者に求められるのは、単に建物を美しく見せることではない。建物の現状と問題を正しく把握し、安全性を第一として必要な改修を計画し、実施できなかった事項も含めて、その内容を購入者へ正確に伝えることである。
それが、既存住宅を安心して暮らすことのできる住まいとして再生し、次の居住者へ引き継ぐための、建築技術上の基本的な姿勢であると考える。

