本事例は、築45年の木造住宅について、中古住宅として購入を検討されているお客様からご依頼を受けた調査です。ご相談内容は、「敷地裏にある石垣擁壁が安全なのかどうか確認してほしい」というものでした。
対象となった擁壁は、北側および南側に設置された自然石積み(空石積み)の構造で、高さは約3~5mに及びます。建物の安全性を考えるうえで、これほどの高さを持つ擁壁の安定性は極めて重要な要素となります。
中古住宅の購入においては、建物本体だけでなく、敷地を支える擁壁の安全性も見落としてはならないポイントです。本件は、その重要性を改めて示す調査事例となりました。
現状の状況

現地にて目視確認を実施しました。
- ズレ・ハラミ・大きな亀裂は確認されない
- 高さは3~5m
- 水抜き孔が2~3m間隔で設置されている
- 石と石の間の目地にモルタルはなし(空石積み)
- 地表は比較的乾燥している
一見すると安定しているように見えます。しかし、擁壁は「見た目」だけでは安全判断できません。
問題点・不明点
■ 裏込め構造が確認できない
本来、石積み擁壁の裏側(土中部分)には、
・裏込コンクリート
・透水層(排水処理層)
が必要です。しかし、当該擁壁の内部構造は不明でした。行政窓口で確認しましたが、当時の施工図や確認資料は保管されておらず、安全性の裏付け資料は存在しませんでした。つまり、「構造的に安全である」と断言できる根拠がないという状態です。
■ 排水処理が不十分
水抜き孔はありますが、 排出水を受ける側溝が整備されていないため、排水処理が不完全です。擁壁は“水圧”で壊れます。水が溜まれば、土圧+水圧が加わり、倒壊リスクが高まります。
■ 一部積み替え跡あり
北西側・南西側の一部で石の積み替えが確認されました。これは、
・震災
・地盤変動
などによるズレの補修と推測されます。過去に何らかの変位が生じた可能性があります。
放置するとどうなるか
自然石の空石積みは、
✔ 地震時に崩落しやすい
✔ 水圧がかかると倒壊リスクが上がる
✔ 老朽化で石のかみ合わせが弱くなる
という特性があります。高さ3~5mは決して低くありません。万が一倒壊すれば、
・建物への直撃
・人的被害
・再建築困難
という深刻な事態になり得ます。
改善・対策案
■ 排水対策の強化
✔ 側溝の整備
✔ 水の流れを明確にする
これは必須です。
■ 石垣の補強(石積接着補強工法)
石垣擁壁の補強方法にはいくつかの工法がありますが、その一つに石積接着補強工法があります。これは、既存の石積みの内部に、接着性の高い専用充填剤(石積み専用の高強度材)を注入し、内部から一体化させる補強方法です。
従来のセメントモルタルよりも高い付着力・強度を持つ材料を用いることで、石と石の隙間を強固に結合し、擁壁全体を「一枚岩のように」安定させることができます。
この工法の大きな特徴、メリットとしては、
✔ 石垣を解体せずに補強できる
✔ 排水機能を確保しながら施工できる
✔ 比較的コストを抑えられる
という点です。しかし、デメリットもあります。
✔ 充填材は強アルカリ性であるため、 擁壁上部に根を張っている花木へ影響する可能性がある
✔ 基礎部分の補強はできないので、不同沈下が進行している場合、注入後もひび割れが発生する可能性がある
つまり、地盤や基礎に問題がある場合は、別途対策が必要ということです。
■ 防護壁の設置
大地震対策として、既存擁壁と建物の間に
・鉄筋コンクリート造防護壁
または
・補強コンクリートブロック造防護壁
を設置する方法があります。擁壁が崩れた場合の“セーフティーネット”をつくる考え方です。しかし、現実に建物を生かしながら、そのような工事が可能なのかどうかは十分に検討する必要があります。
防護壁(ぼうごへき)とは、万が一、擁壁が崩れたり土砂が流れ出した場合に、建物や人を守るために設置する壁のことです。
既存の石垣や擁壁と建物の間に、鉄筋コンクリート造や補強コンクリートブロック造で新たに壁を設け、崩落の衝撃や土砂の流入を受け止める役割を持たせます。
つまり、防護壁は「擁壁を補強するもの」というよりも、「万が一に備える安全装置」のような考え方の構造物です。
将来の建替え時の注意
建替えに伴い建築確認申請を行う場合、行政から擁壁の安全性について指導が入る可能性があります。場合によっては、
✔ 擁壁改修
✔ 新設擁壁設置
を求められることがあります。中古購入時点でこのリスクを理解することが重要です。
購入判断のポイント
✔ 現状、明確な変形はない
✔ しかし内部構造が不明
✔ 排水対策が不十分
したがって、
「直ちに危険」とは言えないが、
「安全が証明されている状態でもない」
という評価になります。価格とのバランス判断が必要です。
この事例から学ぶこと
擁壁は、石がきれいに積まれていても、それだけで「安全」と判断することはできません。表面に大きなズレやひび割れがなくても、内部の構造や排水の状態によっては、将来大きなリスクを抱えている場合があります。特に高さが3mを超える擁壁は、万が一倒れた場合の影響が大きいため、より慎重な評価が必要です。
また、擁壁の安全性を左右する最も重要なポイントのひとつが「排水」です。雨水や地下水がうまく抜けないと、土の重さに加えて水圧がかかり、倒壊の危険性が高まります。見えない部分の水処理こそが、安全の鍵を握っているのです。
さらに、将来建て替えを行う際には、行政から擁壁の安全性について指導が入る可能性もあります。その時になって大規模な補強ややり替えが必要になることもあるため、購入前にしっかり確認しておくことが大切です。
中古住宅を検討する際は、建物の内装や設備だけでなく、「敷地そのものが安全かどうか」も必ず確認しましょう。住まいの安心は、建物と敷地の両方が健全であってこそ成り立つものなのです。


